1990年代のパチンコがよかった~パチンコ編~

今のパチンコのほうが激しい?

昔は楽しかったパチンコ

こういう話をすると、必ず否定的な意見と賛同意見が出ます。
それは仕方のないことです。
今のパチンコのほうが、演出やスペック、出玉性能が計算されつくしたものになっていることは否定しません。
しかし、楽しめた、遊べたという意味では、昔のほうがよかったと思っています。

なにが基準で何がポイントなのか?
昔のほうがよかったと思う理由

1990年代のパチンコと言えば、まずは麻雀物語。
パチンコ業界では初となる液晶画面を取り入れた機種だ。
大当たり後の保留ランプで連チャンする可能性があった機種だ。

麻雀物語が出たときには、やはり荒いという印象が強く、財布の中身に余裕がないと座っちゃいけない機種と言われたもんだ。
それでも、公称スペックは240分の1。
今の時代のガロや花の慶次と比べたら甘い。
というよりミドルスペック程度だ。

このころの平和にとどめを刺したといわれているダービー物語。
公称スペックは1/235。
連チャン率は15~20%と言われていて、この時代の連チャン機ならそのくらいの連チャン率だった。

数珠連チャン機は当時あまり流行らなかった中で、大流行したのが綱取物語。
通常モードの公称値が1/247だった。
現金機と言われる機種なら、高くても1/250くらいが通常スペックだった。

攻略法が発覚したブラボーキングダム。
攻略法発覚前から大人気でなかなか座れない台だった。
私の友人は、【なんだか回らない台ほど連チャンするんだよね】と、攻略法ニアミスしていたw
保留玉を点灯させずに単発うちならモードが変わらない。大当たり後は天国テーブルスタート。
なので、回らない台に座って、単発うち状態なら連チャンするわけですね。
私の友人は辛い店で毎日10万勝ってました。

現金機フィーバー機全盛時代は平和のみならずどのメーカーもこんな感じの機種を出していました。
その中でもメガヒットとなったのが、

フィーバーパワフル3ではないかと思います。
このころ18~20歳の私は、暇があればパワフルを打ちに行っていました。
そして、1990年前半世代は、前代オール無制限なんていうお店はめったになく、パワフルなら、2ライン以上のあたりもしくはオールフルーツで無制限、モーニングサービスは先着5台といった、無制限サービスをやっているが当たり前の時代で、朝一5台以内に入るぞと燃えた時代でした。
スロットは打ち込み機によるモーニング(朝一BIGが仕込まれている)が普通にあった時代です。
そんな時代なので無制限をとれれば負けないなんて言う神話もあったほどで、よく回った(1000円40回なんてザラ)。
また、せいぜい1/250というスペックの為、初当りは軽いし、単発でも、いやむしろ単発が当たり前でたまに連チャンするというスペックなので、比較的楽しめた台が多かった時代だ。

今でも忘れられない機種の一つがピカイチ天国だ。
特段特筆すべき何かがあった機種というわけでもないのだが、、、
まず、リーチすると、画面上部のカラーバーみたいなのが動く。
期待値メーターなるもので、100%に近ければ近いほど信頼性が高いというものだ。
もちろん演出なので、低い時でもあたるし高くても外れるのだが。高いとそれだけ期待ができた。

保留玉連チャン機で、しかもそこそこ緩い。なかなか連チャンしない。その分初当りは軽いイメージだった。
当時はよくあるスペックで、あっという間に消えていく機種だった。
このころは、液晶画面が当たり前の時代になってきていて、ドラム式フィーバー機なんぞもはやSANKYOか、ニューギンくらいしか出していない時代で、そのドラム式マシンで成功したといえるのはフィーバーキング・クイーンくらい。
そのキングが撤去されるタイミングでクイーンか、もしくはこのピカイチ天国が入るケースが結構あった。
私の行きつけの店は、クイーンが入らずピカイチ天国が入っていた。
しかし、新台入れ替えの時はそこそこ客は付いていたがあっという間に客が散ってしまい、古いパワフルに座っている人のほうが多かった。

そんなとき、良さそうなパワフルが空いていなくて、まだ新台だし多少は回るんじゃないかと思って座ったピカイチ天国。
結局半日ほどで20回ほどあたって、そのうち連チャンが3回程度、他はすべて初当りなのだが、そのすべてが100回転以内という、数珠連機?と何度思ったかというくらいの数珠連をしてくれた。
その後家で雑誌をどれだけ見ても、数珠連する機械ではないし、裏モノが出回っている感じでもなかった。
単なる強運でそうなっただけのようだった。

当時のパチンコにはこういう不可解なケースというのがたくさんあって、オカルト的な攻略法もたくさんあった。

ハネモノはハネモノだった時代
たぬ吉くんで変わったハネモノ

私は当時の旧要件機をかろうじて打てた時代の人間だ。
ハネモノの旧要件というのは、要は8Rまでしかないハネモノの時代で、新要件になって16Rまで認められるようになった時代だ。
新要件機が出始めたころは、単純にラウンドが2倍位なるんだから辛さが2倍になった機種が多く、なかなか掛からない代わりにかかったらフィーバー1回分近くの出玉が出る荒いハネモノが多かった。

私の行きつけの店で一番最初に導入された新要件機ハネモノはサーカスだった。
今でも、この辛さは忘れない。かからない、掛かってもパンクする、新要件だから1劇はでかいの粋を集めたような機種で、なかなか座れなかった。
これに座るくらいならダービー物語で勝負したほうがましくらい辛いイメージだった。

同じ店で隣り合って設置されていたのが旧要件機のマジックカーペット。
こちらは完走しても8R、どれだけ出ても小箱1箱(換金すれば1500~2000円程度)。だから、その分1や2の足も甘くてよく打ったもんだ。
右打ちしたほうが安定する役物のクセがあってそういう台の右釘がどんな調整になっているかたばこを出して目算したもんだ。

開くならマジックカーペットを開いてくれればいいのに、なぜか海賊キッドのほうをよく開いていた。
こちらはパンクがしにくく完走しやすい機種だったから計算しやすかったのかな。

安来名人はいつも開いていたけど掛からなかった。
ほぼすべての代で脱臼してて球がまっすぐ飛ばないんだねw

このころのハネモノは本当に面白かった。
役物のクセとくぎの調整を見極めて打てばまず負けなかった。
そもそも、かかって出ても1000円~2000円。だから店もちょっとくらいは開ける。
2の足にポンポン入ろうものなら、今日は勝ったなって、1日中座ったもんだ。
まだ打ち止めがある時代。ぼくの行きつけの店はだいたい8000円程度の出玉で打ち止め。
打ち止めまで行く台は1回かかって出玉があればもうお金を使うことはないので、500円ほどで初当りしたらそのまま打ち止めまで一直線。
買った分だけスロットなりフィーバーなり遊んで家に帰る。
だから、店も、ハネモノは開けてくれた。そんな古き良き時代だった。

そんなハネモノの世界を一変させることになる機種がたぬ吉君だ。
どっとデジタルで、ラウンド決定する。
まずこれが衝撃だった。
しかし、それだけなら大したことではなかった。
実際に、同じようにラウンド決定方式を持ったもう一つのハネモノ名機にファインプレーという機種がある。

こちらはイメージとしては非常に息が長く、ついこの前まであった印象だ。
それは極端だとしても、壊れて動かなくなって部品もなくなるまであり続けた機種の一つだと思う。
では、たぬ吉君と何が違ったのだろうか?
それは、15Rが連チャンするかどうかだ。
たぬ吉君は、V、15Rを引くと、その後3回合計4回15Rを引くことが決まっていた。
ようは、Vを引くと約1万円分の出玉が確定した台なのだ。
まれに釘が厳しすぎてたまを減らす台もあったがほとんどの場合は15R×4連チャンで約1万円の出玉だ。
ようは一発台的な要素を含んでいたので、ハネモノの枠を飛び出してギャンブル台となったのだ。
そして、これに追い打ちをかけたのがデジタルハネモノの時代で、ゴリコップが有名だろうか。

機種ジャンルとしてはハネモノだけども、3万握りしめていかないとお話にならないとか、一発当てれば5万円コースなどとよく言われた台だ。
たぬ吉君は1セット4回と決まっていたが、ゴリコップは連チャンする。
いつ終わるかわからないという構成だ。
というか、Vに入っている間はかかり続け、外したら終わるのだ。
クセのいい台に座ると終わる気がしないなんて言われたりもした台だ。

このころのぱちんこは・・・
古き良き時代のレジャーのひとつ?

このころのぱちんこは、どれだけ買っても1日10万円程度、逆に負けたとしても10万円はなかなか負けられない時代だった。
普通と言われる程度なら、3万負ければよく負けたほう、勝つほうも2万~5万勝てばよく勝ったほうだった。
CR機の登場、花満開の大人気くらいからパチンコのギャンブル化が進んだと思っている。
CR機とくに2回権利タイプと言われる確変に入るとその後2回確率変動するタイプが席巻した時代には、勝ち負けどちらも10万単位になっていった。
そして、そこからパチスロ4号機後半くらいには、スロットで20万単位(要は1万枚)の勝ち負けが当たり前の時代になっていき、今につながっていく。
1990年前半というのは古き良きぱちんこ時代の世紀末といってもいいのではないだろうか。
そもそも、今の40代前半世代以下の方は小箱というドル箱を知らないだろう。

パンパンに詰めても、当時は交換率も悪かったので2000円も入るか入らないかという小さい箱だ。
1990年代はまだ、【チューリップ】と言われるハネモノより小さい普通だいというのがあった。

こういう台だと、状態のいい台に座れば、100~300円程度であたりをつかむことができて、1日遊んで小箱1箱。
それでも2000円くらいにはなったので、タバコやカップラーメン、換金したらラーメンくらいは食べられるくらいは勝てたもんだ。

1990年代後半になっていくと、パチンコ自身がどんどん大味なギャンブル機に変貌していき、小箱がなくなり逆に1万円の大箱というのが現れる。
今の時代もあるドル箱は、大体フィーバー大当たり1回分の出玉が入るサイズになっているが、エキサイト・アレジンなどの、連チャンしなきゃお話にならない爆裂機の登場により、1回分の大きさでは追い付かなくなり、2~5回分程度の出玉を入れられる大きなドル箱が搭乗した。

私が初めて大箱にお目にかかったのは、このエキサイトジャックだった。
エキサイトジャックは、保留玉でもし連チャンをつかんだら、合計5連チャンが確定するというとんでもないマシンだった。
逆に言えば、滅多に保留玉連チャンしないのだが、してしまえば一気に3万円近くも出るわけなので、最初から大きな箱が用意されていた。
たぶん2~3回分程度の大きさだったと推測される。
そうすると、ダブった時点で2箱は確定する、逆に言えば5連チャンしても2箱で済むという考えだろう。

たしか、その向がエキサイトだったと思う。
エキサイトは、爆裂アレバチと言われる機種で、それこそ時代を席巻した機種の一つだろう。
1度かかると、10~20連チャンは当たり前というトンデモスペックで、その代わりかからない。
掛からないという意味ではかからない訳じゃないのだが、回らない。
エキサイトはまだましな方だったと思うが、それでも1000円で10回も回せなかったはずだ。
だから、3万~5万使ってやっと初当り、10連すれば元だけど、5連で止まったら負けてるみたいな大味ギャンブルスペックだった。
こんな機種だから、おいてある箱も、最初から3回分くらい入るような大箱が置かれていることが多かった。

射幸心あおりまくりの90年代後半。
過激・過剰サービスの成れの果て

スーパーアレパチ、エキサイト、アレジン。。。
アレパチ全盛期は、先述のゴリコップをはじめとするハネモノ爆裂時代。
このころは、もはやぱちんこはギャンブルとなってきていた。
もともと、パチンコはギャンブルといってもそん色はないのだが、先述の通り勝っても負けても10万円程度だったものが、10万円は負けて当たり前の時代になってきていた。
海外のカジノは家1軒みたいな高レートのものも多いわけで、それと比べたら小さい話ではあるが、パチンコはいわば毎日できるのだ。
90年代はパチンコ店もピークのころで、車で10分も走れば2~3店舗はパチンコ店があるようなそんな時代だ。
日本はおりしもバブル景気最高潮。
ついこの前まで、日本株式市場最高値を記録していた時代だ。
私はまだまだガキの時代だが、パチンコをギリギリできる年齢だったころだ。
パチンコのあの時代を経験しているのは良かったのか悪かったのか、、、
わからないが、今の時代だけを知る者よりもは、冷めた感覚で見れている分だけましなのか。
逆に、今の時代のパチンコ・スロットが面白そうにまったく見えないので、逆に損をしているのか。

私がこのころ経験したことの一つが、とあるパチンコ店の最高出玉を経験している。
ポリバケツ3杯。
当時25玉100円が換金時は45玉100円交換の時代だと思うが当時で30万くらい勝った。アレジンだ。
計算すると135,000球だ。
ポリバケツ3つということはポリバケツ1杯40000~50000球程度入るのか。それを3つ並べたのはすごいことだな。
今のドル箱はたぶん1500~2000球程度しか入らないのかな?
フィーバー1回当たりの出玉がそんなもんのはずだから。
ただ交換率は昔みたいに悪いことはなくて1玉4円が1玉3.3円とかなのかな?
かりに4円等価交換だったとして、30万円分換金するとなると、75000球か。
やっぱ、当時は交換率がよくないことを加味しても、よく出たもんだな。。。

昔は、10箱くらい積むと、5箱はいったんカウンター前に並べますってカウンター前に並べられたもんだ。メモ帳みたいな紙に、●●番台様カウンター前【正】って書かれた紙渡されて、カウンターにもっていくたびに正の字で箱数を書かれるのね。
20箱を超えると紙が差し替えられて20箱+正に変わって。
当時のドル箱で1杯せいぜい6000円程度だったから、30万円分って、50箱か。
当時のレートで6000円は今のレートなら1万円近くある。たぶん3000発くらい入ったからね。

この派手な時代も経験しているからこそ感じるのが、今のぱちんこは、交換レートがほぼ等価になったことで1回大当たりあたりの出玉数は抑えられていて結果てきに換金したら1回大当たり単位の金額は同じくらいなのかもしれないけども、むかしはフィーバー一回3000発が当たり前の時代だったので、とりあえず持ち球は多かった。
そのうえでフィーバー確率は低いものでも1/300ということはほぼなくて1/250程度。
だから、遊べたんだと思う。
じゃあ、今の時代に、麻雀物語やフィーバーパワフル3のようなスペックのマシンを出して、流行るのか?
それはわからない。
だって、いろんな時代を世の中は経験しているからね。獣王、サラ金時代を経験したスロットが3号機時代に戻れないように、やはり時代は逆流しないとは思う。
だからこそ、昔と違って老若男女問わないレジャーではなくなったと思うしかないのだろう。