4号機前半~スロット真冬の時代~

3号機の裏モノ化が激しすぎて、3号機時代はあっという間に終焉した。
そして、スロットは4号機の時代に。
裏モノ規制は当然ながら、新機能として、リプレイという役が登場。
メダルが返ってこない代わりに1回ただで回せるという役だ。
当時はスロットは終わったとまで言われた機能だ。

このころはパチンコは、CR機導入直前くらいだろうか。
現金機の連チャン機が席巻している時代だ。
麻雀物語から始まり、綱取物語にダービー物語。SANKYOはフィーバークイーンで非液晶対抗で大成功。
どのメーカーも保留玉連チャン機から、数珠連機、連チャン機能がついていて当たり前の時代だ。
そこにとどめを刺したのがアレパチ。
保留玉連チャン機は基本的にフィーバー機であって、当時なら権利モノや一般電役にまで連チャン機能はすそ野を広げていた。
しかし、アレパチはそもそもの仕組みが違うこともあり、さらに言えばパンクがあり得る。その分連チャン率を高め50連チャン、100連チャンを可能にした。現金機連チャン時代はアレパチがとどめを刺したと思っている。
そんな時代の流れに対して、お上は黙っていない。
連チャン機能に規制をかけると宣言。というより、現金機で連チャン機能を付けたらそれは違法裏モノ機とされる時代になった。
連チャン機はCR機なら認めると。
そして花満開、ビッキーチャンス、そして大工の源さんとCR大ヒット機種が生まれてくるのだった。

かたや、パチスロは、3号機の裏モノ化が激しすぎて、もはや3号機の規格自身を変更するしかなくなった。

ノーマル機が面白かったスーパープラネットでさえ裏モノが登場する時代だったし、そのノーマル機種のスーパープラネット自身も本来なら2号機以降禁止されたフルーツの集中がこっそり仕込まれていた違法機種なのだ。
なので、3号機自身をやめる必要があり、新要件の4号機が登場することになる。
まずは、誰しもがわかる新しい役にリプレイ役というのが登場した。
これは、払い出しはないが1回無料で回せるという機能だ。
今でこそ当たり前だから違和感もないが、当時は払い出し0枚で1回回せるというリプレイ機能に幻滅したスロッターは多数いた、いや、ほぼ全員が幻滅した機能だ。
なぜなら、ただで1回回せる役が1/7程度で成立するということは、1000円50枚、3枚掛けで子役が非当選だと16回回せる計算で、1/7でリプレイが成立するということは16回回せは悪くて2回、ちょっと運がよくて3回リプレイが当選する。ということは1000円で18~20回程度回せることにつながるのだが、もちろんメーカーはその分ボーナス確立を下げるのが当たり前だと思っていたからだ。

このころパチスロを打つものならだれでも知っている話だが、4号機第1号はECJのチェリーバーだ。
ECJ(エレクトロコインジャパン)というメーカーはユニバーサル系ではあるのだが、イギリス発症もスロットルメーカーで、カジノにスロットルを収めているメーカーがいよいよ日本のスロット市場に参入するという触れ込みで4号機から登場したメーカーだ。
4号機で認められた役すべてを持つスロットで、要はシングルボーナスの集中役も搭載した機種だった。
4号機の一番最初の機種なので今でも覚えているし、すぐに名前も出てくるが、ただ、機種として1㎜も面白くなかったし、4号機の悪いところがすべて詰まった台だった気もしている。
近隣のたまに行く大型郊外店がいち早くチェリーバーを導入し、当時は行列になっていたほど人も来ていたが、勝っている人はほとんど見なかった。
たぶん設定を上げても出なかった台だと思っている。

4号機を語るうえで絶対に外せないのがニューパルサーだろう。
前期・後期どちらを合わせても4号機の代表機種の一つだろう。
ただ、私はパルサーが好きになれなかった。
結局4号機後期、要はサブ基盤搭載型AT機やストック機の時代が来るまでほとんど打たなかった。
なぜなら、やはり私の中ではスーパープラネットがあったからだ。
導入当初パルサーはスープラの土星がカエルになって、リプレイがついた劣化版くらいにしか思っていなかった。実際そういう面が強かったとも思っている。
しかし、結果的に歴史的大ヒットを遂げるパルサーはパルサーなりのいいところもたくさんあったのだ。
あまり知られていないが、しっかり目押しすればリプレイ外しができる機種だったのだ。
まだ、クランキーが登場する前だから本当に抜ける機種だったのだ。

私の行きつけの店が導入したのがCCエンジェル。
よく打ち込んだ。
別に好きだったわけではない。勝てる機種(=設定を入れてくれる機種)が、CCエンジェルくらいしかなかったのだ。
CCエンジェルが導入されたころは、まだスーパープラネットも置いてあって、大体山佐のシマがあって半分がニューパル、半分がスープラというラインナップなのだが、スープラはすでにオワコン状態で設定が入っていない。だから座る人もおらずハイエナも通用しない。
当時は多分パルサーならハイエナもできただろうがそのころは毛嫌いしている時代だったから。結局座れるのがこのCCエンジェルくらいだった。
エンジェル柄と7の並びが少しスープラに通じるところがあって挟み撃ちしていると、ここにエンジェルが止まればリーチ目みたいなスープラっぽい目が合ったのもあってよく打った。
勝てたかと言われたらそこまで勝てたわけでもないのだが…

いい思いなど1度もしたこともないのだが、よく売った機種の一つがフリッパー。
パチンコ屋ではなく、ラブホでだ。
なぜかこのころはラブホにパチスロ機が置いてあることがよくあってフリッパーが置いてあるケースがよくあった。よくわからないが、、、w

山佐のダイバーズがあまり行かない大型郊外店に導入されると聞いてわざわざ半日並んで打ちに行った。
はっきりとしたことはわからないが、多分中身はパルサーと大して変わらなかったはずだ。
カエルが亀になった程度の話なのだろう。2度ほどしか打たなかったが、このダイバーズで山佐って、根本はスープラ時代からあまり変わってなくて、打つ人にやさしい、そのくせマニアックで、深く知らないと落としていっちゃう玄人好みの機種なんだなと認識してそれからパルサーに取り組むことになっていくのだ。

4号機が続々登場して来た頃、そのころが本当の冬の時代だと思っている。
そしてやっぱり現れる裏モノ。
4号機前期は特にだが、規制がガチガチで裏を返せば全く面白くないただ、ボタンを押す機械だった。
かろうじてパルサーはちょっとだけ面白みがあるけどスープラのように勝てないと思っていたし、どの機種を打っても大して変わらない。7を3つ揃えるしかない面白みのないものだった。
そんな中、パル工業があからさまに裏モノですという機種を出し始める。
ビガーやV10なんて今でも衝撃が強すぎて忘れられない。
いや、ほとんど打ったことはないんだけども存在自身が裏モノ臭しかしない。そんなある意味珍しい台だった。
パル工業と言えばペガサスシリーズ。1.5号機のニューペガサスはユニバのファイアバードと双璧を成すほどの人気機種で、吸い込み方式と言えばニューペガサスというくらいの人気機種だった。
その後3号機でペガサス412という機種を出すが、出た当初から裏モノが当たり前という書かれ方で、怖くて近寄れなかった。

1990年代後半から
4号機に光がおり始める・・・

まずは、ユニバ系の3連ボーナス絵柄シリーズが登場する。
いまも新機種が登場しているハナビやサンダーV、バーサスなどだ。
私はクランキーコンドルを打たずに来た人間なのでクランキーシリーズに全くと言っていいほど思い入れがないのだが、当時はユニバ嫌いの私ですら打っていたのがこれらのシリーズだ。
タダのノーマルAタイプなのだが、演出と言い滑りや遅れと言い今につながる告知演出が秀逸だ。
勝てる台ではなかったがスロットが面白いと再認識させる要素が詰まっていた。

そして、いよいよ登場するのがCT機だ。

ほとんどの人は知らないかもしれない。
私の行きつけのホールで初めて登場したCT機がこのクレオパトラだった。
まずそもそもCTという機能は4号機登場時点で盛り込まれていたらしい。
そもそも、スロット機はAタイプ、Bタイプ、Cタイプという3つのタイプが定義されていて、
単純にAタイプというのはBIGボーナスインしたら、ボーナスゲームが3回あるごく一般的なタイプで、獲得枚数が大体350~360枚くらいのノーマルタイプ、Bタイプはボーナスゲームが2回で、獲得枚数が250~300枚程度のタイプ、Cタイプはそもそもボーナスが存在しないタイプという定義がなされていた。
Cタイプは1機種発表されていたが、それこそ子役しかないタイプで速攻で消えたのだ。
しかし、Cタイプはその後、日本で一番売れた機種がCタイプトで発表されることになる。
世の中のほとんど、いや、ほぼ100%がAタイプの時代で、Bタイプなんて作るメーカーあるのか?とずっと思っていた。
中途半端なのだ。
360枚獲得できるBIGで2回ボーナスで300枚に満たない程度の出玉ではインパクトがなさすぎる。
かねてからずっと思っていた。
そんな中で4号機初期に1度Bタイプマシンが登場している。
トロピカーナだ。
これは打ち込んだし、面白かったと思っている。
純粋なBタイプで、Aタイプほどの出玉性能にはない代わりに、ボーナスがかかりやすいわけだ。
だから、5000円も打てばだいたいボーナスを引けたし、ハマっても500Gくらいの認識だった。
ただし、Aタイプほどでないので爆発することもなかった。
世の中では人気と言えるほど流行らなかった。
CT機はそんなBタイプが多かった。
クレオパトラもBタイプのCT機だった。
解説によると、CTは、ボーナス後1/2で突入。
BタイプなのでBIGボーナスの確立はAタイプより少しだけどよくて、設定3で1/256、設定4で1/240
当時の1/240は、Aタイプの設定5~6クラスだからボーナスが多少かかりやすくて1/2でCTに突入。
CTは、80ゲーム消化するか、純増200枚到達で終了。
だから、180枚くらいまで行ったら、子役を外しつつ75ゲームくらい消化していく。
パチンコでいえば時短みたいな機能だろうか。
私にとっては2号機時代のフルーツの集中みたいで楽しかった。
しかも、公称で80ゲームはぎりぎりまで消化することとうたわれていたのでそれも合わせたボーナス確率なのだが、どうにも負けない気がしていた。
だって、いわばタダ、それどころか200枚もメダルを増やしてもらったうえで80ゲームもタダで回させてもらって、1/240のボーナス確率とか、どこで負けるの?
くらいにしか思えなかったのだ。
実際はそんなうまくいくものでもなく、1/2のCTを3連チャンで外せば大負けするわけだが不思議と負けなかったもんだ。
いいタイミングでCTに入ってCT中にボーナスを引いてそして、そのボーナス終了後またCTを引く。
これを3回も続ければもう1000枚近くメダルを持っているわけだ。

そして、CT機の代名詞ともいえる機種。アステカが登場する。
スーパープラネットより打ち込んだ自信はある。
それに、こちらは勝率90%以上だった。
スープラとは理由は全く違うが、勝ち続けた機種の一つだ。

アステカはBタイプCT機能付きスロットで、もうこの時代にはリプレイ外しというのが標準的に組み込まれている時代だ。
Bタイプながらに、リプレイ外しをきっちり行えば300枚オーバー、うまくすれば330枚くらい抜けたと記憶している。
そして、1/2でCT突入。
リプレイ外しを行って300枚抜いてCT突入・完走すれば500枚。
1/2だから、ボーナス1回当たり400枚くらいという感じだ。
A-400タイプと出玉性能はそれほど変わらない。となると、CTでただ回しする分得であるという、私の勝手解釈で本当に毎日のように打ち込んだ。
負けかなったといったが、多分通常なら逆に勝てる機種ではなかったと思う。
ボーナス確率はAタイプとほぼ変わらない。
時代は大花火の大ヒットによりCTというより大量獲得だし、リプレイ外しで大量獲得が中心の時代だ。
ウルトラマン倶楽部でCTは脚光を浴びたが、攻略されつくした感もあり、当然アステカは既定のスペックが辛い。ワードラ(ワードオブライツ、アステカの兄弟機のような存在)は子役が当たらない分ボーナス確率がアステカよりいいのでまだワードラのほうが良いのでは?と言われていた。
そんなアステカで私が勝ち続けられたのは通っていた店の設定だ。
たぶん、新台導入してからアステカを撤去するまで、設定を変えていなかったのではないかと思うほど、いつも据え置きだったのだ。
実際、最後の最後まで50番台に座り続け勝ち続けた。
それに気づいたのは、新台入れ替えで導入されて1か月くらいたった時だった。
仕事帰りに何げなくパチ屋に行ってやるもんもないしなぁって、なんとなく、アステカの50番台に座った。
理由は昨日も2箱ほど出てたしな、今日あんまり回ってないみたいだし、ワンチャン据え置きだったら1箱くらいでないかなと思って座った。
お座り一発1000円でボーナスを引いてCT突入。そのまま2箱出した。
あれ、もしかしてほんとに据え置きだったのかな?ってか、よく考えたら毎日毎日50番台って、箱積んでないか?
って気づいたのだ。
次の日、有休をとって朝から50番台に座る。
1日打った結果3箱ほど出した。当時は1箱3万は入ったので約10万。
あれ、もしかして本物か?
家に帰って弟と相談する。
当時弟は専門学校生19歳。
スロットはグットマンが新台で入ったときに、どうしても床屋に行きたい僕が、とりあえず1時間ほど、左から順番に押しててくれ。
3か7がここのデジタルに出たら、店員呼べば揃えてくれるから。
これがデビュー戦。

兄は帰ってきたけど、なんか面白くないのでそのままその新台は弟に譲った。
新台入れ替えの日だったから設定も良かったのだろう。5万ほど買った弟は気をよくしてそれからスロットにドはまりしていく。

そんな弟に相談。
あの店のアステカ50番台なんだけどさ、というか、アステカのシマなんだけどさ、もしかしたら新台入れ替え以降、ずっと据え置きなんじゃないかと思っててさ。
少なくとも50番台。毎日2箱は出してるんだよな。
俺明日はどうしても仕事行かなきゃいけないんだけどもさ、お前、朝から打って俺が来るまで打ってられないか?

すでにスロッカス化している弟は快諾。
とりあえず兄ちゃんが来るまでどこまで出せるかだけど、続く限り打ってみるわ。と。

17時。定時。何も言わず何も聞かずまっすぐパチ屋へ。
さー、弟よどうなってるんだろうか?

4箱勝ちモリ。たぶん15万円分ほど出てる。
おおおっやっぱりか!弟よよくやった。

にいちゃん、こんだけ出しちゃったけど、続きやる?
せめてもの慈悲でフラグたてた状態でやめるよ。
おおそうか、そりゃありがたい。
と、兄弟交代。弟は15万勝ち確定。
さて、17:30から、閉店までまだ、5時間はある。高設定なら、このころのスロットならストックやモードなんてない時代だから、高設定ならまだ出るはず。
22時。3箱積んだ。
兄弟で多分万枚は出した。
いや、50番台本物だな。
問題は、これだけ派手に出してしまったらさすがに明日から設定変えるかな?

翌日、弟も学校で自分も仕事。
さすがにとられてるだろうと思って仕事帰りに寄ってみた。
びっくり。誰も座ってない。

というか、そりゃそうだ。設定据え置きかもしんないって、誰が気づく。
当時は今みたいなディスプレイなんてない時代だから。昨日出てたとか、昨日見に来てないとわかんない時代。
昨日も買ってるし、1万くらい負けてもいいかと思って50番台に座る。
やっぱり据え置きだ。
結局1時間で1箱くらい積んだのでやめた。
派手に出すより、気づかれない程度にしてこのまま据え置きを続けてもらうほうが得と判断した。
それからは、弟の友人と、自分の友人を交えて5人でシフトを組んだ。
1日1人1箱まで、1日3人までの交代制。
しかし、そのまま1年近く、設定は変えられなかったほとんど勝ち続けたのだ。
いや、もしかしたら設定は変えていたのかもしれない。
たまたま50番台は低設定が非常に少なかっただけなのかもしれない。
なににしても、あれほど勝てたのはアステカの50番台だけだった。

そして、いよいよ登場する。
2号機3号機を超える4号機、名機中の名機大花火だ。
MAX711枚獲得できる大量獲得機で、多分裏モノではないノーマルタイプで、初めて万枚という言葉を意識させることができたのが大花火といっても過言ではないと思う。
大花火、アステカの登場で、4号機の可能性が一気に広がったと思っている。
ただし、アステカにしても、大花火にしても、まだ、ノーマルタイプの時代の話だ。
サブ基盤がない時代のラスト世代で、勝つ、サブ基盤タイプに移行するその直前に突如現れた名機だと考えている。
シンプルにAタイプで、花火の後継機なのだがクランキーコンドルを経て、スロットはボーナスインの間のフルーツゲームをいかに引き延ばすか、リプレイ外しが標準となった時代だ。
そのリプレイ外しを利用して極限まで出玉獲得数を増やしたのが大花火で、フルーツゲームの子役が15枚役なのだ。
そして、ぎりぎりまで外して3回ジャックインすれば500枚~711枚程度は獲得できるいわば大量獲得機と言われるハシリの機種となった。
演出や出玉性能も好まれるものとなったためメガヒット機種となった。
ユニバ(当時はアルゼ)系は、アステカ、ワードラのCT機と大花火のヒットにより復活した。