青春時代だからこそいいと思うのかも?
1990年代のパチスロ
私は世代でいえばあっついでぇの兄ちゃんとほぼ同世代だ。
2号機の時代からパチスロを打っている。
初めて打って、初めてかかって、初めて勝った台がこの2号機ベンハーだ。
地元駅前の小さなパチンコ店に設置されていた。
世の中は3号機時代に突入していたころだ。
なかなか小規模店舗は特にパチスロに関してはぽんぽこ新台を入れ替える余裕などなく、ぎりぎりまで古い台を設置していたもんだ。
私の行きつけの店はこのベンハーを、隣町の駅地下にあるパチンコ店はアニマルを。
向のパチンコ店はアストロライナーから一念発起して半分をスーパープラネットに入れ替えたところだった。
このベンハーは、2号機なので、もちろんリプレイ役など存在しない。
2号機というのは1.5号機から新要件に変わったスロットだが、1.5号機までは、あまり規制がなかったといわれている。
例えば1.5号機は基本的に吸い込み方式と言われる機種が多くて、要は何枚吸い込むとフラグが立つと決まっている。今の時代でいえばゲーム数解除するストック機的な。
だから、子役を当てないとか、3枚掛けしないとかいろんな攻略法があった。
1.5号機で有名な機種と言えばやはりファイアバードだろう。
今の時代でいえばリプレイ外し的な要素があって、BIG1回で500枚くらい抜けた機種だ。
確かビタおし技術が必要で、家に中古の機械を買って夜な夜な練習している先輩がたくさんいた。
そんなこんなで1.5号機の時代が終わり2号機となる。
2号機は、1.5号機で認められていた吸い込み方式などが禁止となった。
要はこのころからスロットは射幸心をあおるという名の規制が強くかかるのだ。
どうしても、パチスロというのはパチンコ機種の後発で、このころはまだ色モノ扱いというか。
パチンコに飽きた人間が玉からメダルに持ち変えるイメージで扱われていた。
パチスロは、若いあんちゃんがやるものというイメージと言えばいいだろうか。
2号機で有名な機種の一つがアニマルだろう。
規制で完全確率抽選方式になったはずなのに、なんか1.5号機みたいな連チャンすると当初からささやかれていた機種だ。
案の定、思いっきり吸い込み方式の違法機種だった。
しかし、憎まれっ子世に憚るとでもいうのか、そういう機種は流行った。
先のベンハーは、当時の大東音響(高砂)は、優等生メーカーで、2号機に許された機能だけでベンハーやウィンクルという機種を作った。逆に言えば優等生すぎて流行るかと言われたら微妙だったのだ。
2号機というのは意外に短い期間で、その理由の一つには1メーカ2機種までしか作れなかった。
あっという間に2機種作ってしまって、出せないから、関連子会社を作ってその子会社をメーカーとしてまた2機種作るみたいな。
当時でいえば、スロットメーカーで最大のメーカーがユニバーサルだ。
ユニバーサルとして2機種作ったら次はみずほ製作所という会社を作って2機種、次はめーしーというメーカーを作って2機種といった具合にすそ野を広げていった。
しかし、大きなメーカーならこういうことも簡単だが、どのメーカーもできることではなかっただろう。
結局この時代を経て、メーカーの統合が進んでいくことになる。
3号機時代。おそらくこの時代がメーカーに色があって、いろんな問題が起きた時代の一つだと思っている。
まずは3号機を語るうえで絶対に外せないのがコンチネンタルシリーズだろう。
コンチネンタル1から3があって、2が一番後発というなかなか面白いシリーズだ。
ちなみにコンチ2は、3号機の終わり寸前にリリースされていて、おそらくだが、1,2,3の順番にリリースする予定が2は検定が通らなかったのだろう。
世に出さないと埋もれさせるのももったいないと感じて、非常にマイルドないわゆるド・ノーマル機種として登場した。
その後は当時はカンバン・注射なんていうようは裏モノ化していったのだが、これはメーカーは関係ない(とされている)
さて、コンチ1に話を戻そう。
たぶんパチスロで10万円を勝つことができるといわれた初めての機種ではないかと思う。
今の時代になれば特段何の特徴もないAタイプなのだが、なにせ、不可解な連チャンをする。
それもそのはず、コインセレクタ(コイン投入口のカウントする機械)のCS-90という機械で連チャン制御していたそうな。
そして、このセレクタのバグを突いた攻略法、【4枚掛け打法】というのがこのパチスロの世界を衝撃の渦に巻き込む。
また、3号機時代にとどめを刺したとも考えられる。
当時のセット打法は、明らかに、仕込んだとしか思えないようなセット打法がたくさんあった。
そのうちのこの4枚掛け打法など、典型だ。
通常3枚掛けで回すスロット。1枚や2枚で回すことはあっても4枚目を投入しようなんて普通は思わない。
タイミングを合わせてあえて4枚目を入れると飲み込む。そして、4枚目はフラグが立つ。
これは裏を返せば、モーニングセットに使える。
4枚目を飲み込ませたらフラグが立つんだから、今日はこの台にモーニング仕込むかと思ったら4枚目を飲み込ませればそれでフラグ成立。
当初はそのくらいのもんだったんじゃないかと思っている。
この時代は当たり前だった?
モーニングサービス
2号機~3号機の時代は当たり前だったのがモーニングだ。
朝一、何台かフラグが立っているのだ。
前夜に店員さんが打ち込んでフラグを立てる店もあれば、打ち込み機と言って、フラグが立つまで回す機械があったり。
翌朝自分たちは並んでまでパチスロに座る。
それは、モーニングがあるから。1回BIGを貰える可能性があったのだ。
私の行きつけの店(セカンド店舗)には、コンチ3とスーパープラネットが並んでいた。
コンチ3は、ライバルであるアラジンと同様のシングルボーナスの集中役がBIGより重要視される機種で、BIG確率が非常に辛い機種だ。
だから、モーニングでBIGを貰うのは一定のメリットはあった。
方やスーパープラネットは、3号機の優等生でありAタイプ機種。
本来3号機では禁止されている子役の集中がボーナス後一定期間続くのはもはや誰しもが知っている暗黙の了解だった。
モーニングを引いた後のことを考えてもやはりコンチ3より、スープラのほうが楽しめるのでよくスープラに並んだものだ。
そして、その店、朝は客が3~5人しかいない。
そのくせモーニングは毎日5台は入ってる。
ようは、100%とれるのだ。
来ている客は常連で毎日顔を合わすので、たまに自分が回った機種で2台モーニング拾ったりすることがあって、2台ともがめると店員がいい顔しないから常連通しで回してた。
おっちゃん、俺教2台捕まえちゃったから、おっちゃん1台やる?俺スープラやりたいからコンチの方あげるよ!
って感じで。
3号機時代まではモーニングサービスなんてどこでもやってて当たり前の時代だった。
4号機になって、ザンガスというフラグが立つとブザーとランプで告知する完全告知というタイプが登場して、モーニングを仕込めなくなったことがきっかけで、その種のサービスは消えていったものだ。
後にも先にも
自信があったのはスープラだけ
いまは6号機、スマスロの時代なんだろうか。
私は5号機の終わりから6号機の出始めくらいでパチンコ店に一切近づかなくなった。
理由は様々だが、一言でいえば、楽しさがなくなったぱちんこでさらには勝てる要素が一切ないと感じてしまったのだ。
私の中で最後まで勝てた機種が黄門ちゃま喝だった。
この機種は、まず一つに、単チェリーでそこそこ熱い抽選があること、リプレイ4連以上でも抽選があること。
それにより、(少なくとも表面上は)設定にかかわらず抽選を受ける権利があるよう見見える機種だった。
また、ARTの抽選は3つあって、自分で選べた。
何がどうと論理的に説明できないのだが、私はこういうスペックのマシンに異常な強さを見せることができた。
このマシンでは、家康降臨で1000Gを引いたこともあるし、パチンコ黄門ちゃまモードで10個ARTを引いて、ARTが3000G確定とか。
ART中に、チェリーがよく出るモード喝ゾーンをたまたま引いてその中でさらになんか上位のモードに入ってチェリーを引きまくって上乗せしまくるとか。
自分でも説明できないが、こういうの時には人より引くのだ。
その特徴がもろに出るのがリプレイだった。
この機種はリプレイが何連かすると、得点が加算される。緑の箱のほうだ。
赤の箱はそこそこ熱い抽選で緑は抽選はするがハズレがほとんどというおまけ抽選のような位置づけで、基本的には赤がチェリー、緑がスイカもしくはリプ連というイメージだ。
310ポイント(水戸ミト)で抽選に移行する。
赤のチェリーは熱いチェリーで100~150点が通常なので、3~5回くらいチェリーを引くと抽選されるイメージで、その抽選は25~30%程度の印象。
緑は熱いスイカで100ポイントというイメージで、リプレイでもたまるので赤の2倍程度溜まりやすい印象の上で緑の抽選は5~15%程度の印象。
スイカやチェリーは特定フラグなので引かなきゃいけない。リプレイだってそうだが、もともとリプレイは1/8程度の子役なので、3~5連チャンなんて言うのは良くある話だ。
私はこれを20連とかしちゃうことが結構あって、そうなると、緑のポイントが2000ポイントくらい溜まってることも結構ある。
要は5回~10回分のポイントがたまってしまう。
そうなると、否が応でもどこかでフラグを引き当ててもおかしくないのだ。
そんなこんなで、この黄門ちゃまで、実際に負けたことがほとんどないくらい相性のいい台だった。
この台が撤去されて以降、パチンコ店には近づいていない。
しかし、そんな黄門ちゃまは、確かに負けなかったが、自信の根拠がなかった。
書いた通り、リプ連がたまたま重なったとか、運の要素が強かったという印象だ。
自分の実力として、自信があった機種はここまでのパチスロ人生の中では3機種しかない。最も勝てて、当時はそれで食っていたといっても過言ではないキングパルサー、そして、その後登場したネオプラネット、そして、3号機のスーパープラネットだ。
キンパルとネオプラについてはまた別の記事で書きたいと思う。
当記事ではスーパープラネット、スープラについて書きたいと思う。
ボーナスが落ちている時代?
カニ歩きでボーナスを拾う
サラリーマンをしている自分にとって、パチンコ店は夕方に行くものだった。
大体水曜日と金曜日。ここの夕方から夜にかけてはおいしい台が落ちているのだ。
17時~18時ころというのは、まず昼にパチンコをしているおっちゃん、おばちゃんは夕飯で家に帰る時間なのだ。
16時を境に、パチンコ店の客層はガラッと変わるのだ。
スロットでいえば、おやじ打ちをし続けた台が空き始めるのだ。
ほかのマシンだと、リーチ目が少なく、そしてわかりやすいのでオヤジたちもそう取りこぼさないのだがスープラは別だ。
枠外の7の位置次第ではリーチ目になるとか、要は裏リーチ目みたいなものもたくさんあった機種なので、気づかず捨てていくというのがたくさんあった。
大体17~18時にスープラのシマを一回りすれば2つや3つはボーナスが落ちていたもんだ。
1枚掛け逆押し7狙いで、フラグがすぐ判別する。
金曜日は、時間的な余裕もあった。
やはり週末だからなのか、17~18時だとまだおっちゃんがいることが多い。
しかし、19時を過ぎると客がほとんどいなくなるのだ。
いわゆる華金で若者は飲みに出るのかデートなのか。おっちゃんは明日の仕事(まだ土曜日は仕事が当たり前の時代なので)があるからなのか、19時を境に一気にいなくなる。
20時ころからはスープラのシマなんて自分とメダルを積んでいる人しかいない。
なので、回り放題、ハイエナし放題なのだ。
一回りして、良さそうな台に座って閉店まで2時間程度打てば1箱くらいは出た。
当時は中箱と大箱があって、中箱で2万円程度、大箱なら3.5~4万程度入る。
中箱1箱も出れば明日の軍資金はできるので粘らずさっさと帰る。
明日は朝からモーニング狙いのスロットか、朝一無制限狙いのフィーバーか。
なにせスープラは負けなかった。
大きくも勝てないがほとんど負けない機種だった。
2~3号機時代
裏モノが当たり前の時代だった
3号機という時代は裏モノ全盛時代だ。
というか、メーカーが裏モノを作っていたくらいの時代だ。
コンチ3、アラジンとA-Cタイプ、シングルボーナスの集中役という一撃10万(当時の交換レートを考えると6000~7000枚出ていたんじゃないかな)を達成できる表の役があるにもかかわらず、コンチ1のようにAタイプで連チャンする機種がたくさん出た。
アニマルのアークテクニコが送り出した3-1号機ワイルドキャッツ。
兄弟機種のセブンボンバー。
これらは貯金バージョンと言われる裏モノで、今でいうストック機だった。
ただし、この時代は制御も甘くおまけに裏モノなので作りが甘く、毎回BIG絵柄を狙っていればフラグが立った時点で揃えることができた。
もちろん貯金しないので連チャンしないという台だ。
恐らく4号機のストック機の基本的な考えの源泉はこの機種であることは間違いない。
フラグをためるという考え方が初めて登場したのがこの機種と言えよう。
3号機と言えばやっぱり初代リノを紹介しないわけにはいかないだろう。
こちらも4号機のストック機に大きな影響を及ぼすことになる機種だ。
5G以内にトマトがそろうと連チャンするみたいな過激スペックで、おまけに、2枚掛けだったか1枚掛けでトマトがそろうまで回せば連チャンが継続するみたいな攻略法があった気がする。
このころは胡散臭い店は、ワイルドキャッツかリノか必ず設置していた。
私の行きつけのある店は、ワイルドキャッツトリノを設置していた店もあった。
店自身が全体的に胡散臭く、来ている客も山っ気のある若者が多かった印象があった。
こちらは2号機だが、サミーではなくニイガタ電子時代の初代アラジンだ。
このアラジンは、シングルボーナスの集中役という役があり、当時はスロットでは一番出る機種でもちろんその分負ける機種だった。
ボーナス絵柄が並ぶと、ピッポッパッポと、甲高い音楽が流れて脳汁ダダ洩れだった。
これに対抗したのが3号機コンチ3だ。
コンチ3は表の機種ですらセブンラッシュ(シングルボーナスの集中)に入ると、4号機AT並みの破壊力でメダルが増えた。
裏モノになるとスーパーセブンラッシュと言ってボーナスが集中するバージョンがあって、ものの2時間で万枚なんて話もちらほら聞こえてくる台だった。
アラジンはニイガタ電子からサミー工業に権利が移ってアラジン2という3号機が登場。
このころのサミーというのは裏モノしか出さないイメージだった。アラジン2も登場した時点でどんな裏モノ?という雑誌はノーマル機種の解説など全くしていない時代だw
このアラジン2はアラジン同様、シングルボーナスの集中役がついている機種だが、集中役の話など聞いたことがない。基本的にボーナスの連チャンでメダルが増える機種というイメージだ。
アラジン2の兄弟機ミスターマジック。
これもシングルボーナスの集中役があるが、どこにお目にかかれるのかわからないノーマルバージョン以外ではカットされていたと思う。
だから、アラ2もミスターマジックもほとんどの人がAタイプの連チャン機くらいにしか思ってなかったと思う。
ちなみに同じニイガタ電子のリノは、もともとは山佐の提携企業というのもあって権利は山佐に残り、4号機ストック機として華麗に復活するがそれはもうちょっと後の話だ。
バニーガール
オリンピアという流れ
たぶん、2号機の流れの中に確実にあったのがバニーガールという存在だ。
恐らく表の機種で大ヒットした機種の一つだろう。
フルーツの集中という2号機時代に合った集中役が搭載されていて、また、ボーナスフラグが立つと滑るというので有名だったと思う。
ベンハー・ウィンクルは、フラグ成立するとその役柄がビタどまりするで有名でその兄弟機のスーパーセブンはダダ滑りする。
2号機時代はドラム制御も甘く、滑ったり止まったりしてリーチ目以外のフラグ判別ができた時代だ。
ハナビあたりになると滑るという(演出)やレバーONして音が鳴るまでに遅れで役柄を暗に示す演出が出てくるが、2号機時代はそうではなくバグの一つと考えられる。
その後2-2号機として、スーパーバニーが登場するが、裏モノ化が激しく、いろんなバージョンの裏モノが登場した。
そして、このバニーガールシリーズというのはオリンピアなのだ。
そう、現在平和系のオリンピアだ。この時代から存在していたのだ。
ただ、当時のオリンピアは1960年代に日本娯楽物産という企業がスロットメーカーとして作った企業で、この日本娯楽物産というのはその後セガを名乗るゲームメーカーだったのだ。
そのセガはその後、サミーと統合されセガサミーとなるわけだ。
セガは昔オリンピアを作り、その後サミーに救済される。オリンピアはその後パチンコメーカーの平和のグループに入る。
今のパチンコ・スロットメーカーでいえば、平和・SANKYOの老舗パチンコメーカーと、サミー・山佐・ユニバーサルの老舗パチスロメーカーという大手メーカーに、海物語で三洋、吉宗・番長で一台スロットメーカーになった大都技研、ジャグラーだけで一躍一大メーカーになった北電子。
そんな中でトップメーカーに吸収されたセガ、パチンコメーカーのスロット販売企業としてオリンピアと、一大メーカーを渡り歩く姿はすごいものがあります。
ジャグラーの北電子
昔は胡散臭かった?
当時まだまだ若くて給料も手取りで15万くらいしかなかった私は怖くて手も出せなかった機種がアポロンだ。
よくわからないが、かかったら5連チャンするで有名な裏モノだ。
というか、裏モノしかなかったんじゃないかと思うくらいノーマルの解析結果など見たことがない。
5連チャンワンセットということは5倍かからないということだ。
それこそ、ド・ノーマルのスーパープラネットでさえハマれば300~500Gハマることもあるわけで、それが5倍って?
4号機吉宗なら2500Gハマるのは通常運転だし、そのころはわかっていたので、天井から天国モードに入って5連もすれば一気に戻ってくるとか。
このころはそんな保証もない時代だ。
よく打ってる人がいるなと思っていた。
この後ジャグラーが登場するのだが、ジャグラー登場前までは胡散臭いスロットメーカーの代名詞みたいなメーカーだ。
1店舗だけお目にかかった
スーパープラネットの裏モノ
スーパープラネットはノーマルが面白かった。
これは今になってもそう思う。
ボーナス合成確立やフルーツの集中の突入率であったり、リーチ目の多さなど、飽きさせない仕掛けがたくさんあったし、子役を取りこぼすので目押しをしっかりしていれば子役を取りこぼさず、子役をすべて取り切れば設定1でもプラスにできる機種だった。
DDT打法なんて言われたり、地引網打法なんて言われもしたが、ちゃんと子役を狙うことと、レギュラーフラグの時はリーチ目になるチェリーが絡んだ目をちゃんと出すことで100枚くらいとることができた。
ビッグだと、その後のフルーツの集中がカットされるがレギュラーで100枚程度だと、フルーツの集中がカットされないので、レギュラーは実質200枚+フルーツの集中というのことでほぼBIG1回分程度の恩恵を受けられる攻略法があって、ただすごくこつこつやらなきゃいけないので規制されるほどの攻略法でもなかった。
これらを駆使して負けないスープラの裏モノなど存在する価値もないと思っていたのだが、裏モノが当たり前の時代だ。
やはり、スープラすらも裏モノ化したものがあった。
自分が行く店舗で1店舗だけ裏モノスープラを導入していた店舗があった。
今になって思えば大阪Verと言われる連チャンタイプの裏モノだったのではないかと思っている。
なにせ、かからない。ハマる。
その間は子役も全然当たらない。
それが突然チェリーが集中して当たる。
きずいたらボーナス絵柄を挟んでる。リーチ目だ。
REGは1日に1回くらいしか出ない。ほぼBIG。
BIGを引く。まずフルーツの集中は入らない。おそらく子役カットしてその分連チャンに回しているようだ。
大体BIG初当り1回で5連チャン位する。
だから、どの台も夕方頃には10回、15回、25回と5の倍数分かかっている。REGは、かかっている台で3回程度。ほとんどが0回。
スープラのスペック的にあり得ない数字が並んでいたのでどう考えても裏モノだろう。
1度だけ打ったが、昼から閉店までで約30回のBIG。しかし、子役がカットされているのでそれだけかけて最終的に5万円くらいしか勝てなかった。メダル持ちがすごく悪いのだ。
結論でいえば、ドラムや筐体はスープラだがその実態はコンチでも打っているような。
当然ノーマルのスープラが好きな自分は1度しか打たなかった。