気の早い有馬記(2025)念予想

ザ・ロイヤルファミリー効果で空前の盛り上がりを見せる有馬記念!


有馬記念をドラマチックに予想

オグリキャップ・トウカイテイオーの引退レース…
グラスワンダーとスペシャルウィークのたたき合い…
完璧なディープインパクト国内唯一の敗戦…
有馬記念には、数々のドラマがあります。

神様大川慶次郎が思わず叫んだ

ライアン!ライアン!

あれは、オグリキャップの引退レースの有馬記念。
天皇賞秋6着、ジャパンカップ11着と完全に終わったと思われていたオグリキャップが有馬記念をもって引退する。
その年の安田記念を勝った武豊騎手に鞍上が変わり、その武豊騎手は当時はすでにリーディングジョッキーとはいえ20代前半の若武者。最後に花を添えるくらいのイメージだったのかもしれない。
しかし、パドックの様子は昨年のマイルCSから連闘でジャパンカップに挑み2分22秒2の当時の世界レコードをハナ差の2着となった時のような雰囲気だ。
それでも人気は引退後祝儀を踏まえて4番人気。
1番人気はホワイトストーン、2番人気がメジロアルダン、3番人気はメジロライアンで当時はどの馬もG1では一歩及んでいない馬たちだ。
冷静に考えればこのメンバーならオグリキャップは十分可能性があったのだろうが、なにせ直前の秋2戦の成績がこの馬が終わったと示しているとしか見えなかったのだ。

レースは今になって思えば、マイラーでも走れそうな典型的な中山芝2500mのペースに。
外枠不利の中山芝2500でホワイトストーンは7枠13番。これで3着だからよくやったのだろう。
直線向いてオグリキャップが進出。
アナウンサーはオグリオグリと一辺倒。
そこで、大川慶次郎氏が、【ライアン!ライアン!】と。
当時はあのじーさん、何言ってんだよ!と思ったが、直線怒涛の追い込みで2着まで食い込んできたのだった。
オグリキャップは、JRA競馬ブームを巻き起こした一頭で、芦毛の怪物といわれた。
もともとデビューは地方・笠松競馬でデビューし、8連勝を含む10勝を挙げてJRAへ移籍してきた。
その昔ならハイセイコーも地方から中央にきて皐月賞を獲りました。
ハイセイコーの父チャイナロックはトップサイアーで、ハイセイコー以外にもタケシバオーなど、当時の日本競馬の名馬を輩出していたので、ハイセイコー自身がJRAに移籍することは考えられたのでしょう。
クラシックレースに出走するには若駒のうちに登録料を払い込んでクラシック登録をしておかなければいけませんハイセイコーは地方所属馬だったため登録をしていませんでした。
しかし、当時は追加登録という制度があって、JRAに移籍するタイミングで追加登録料を支払いクラシック出走登録をしたのでした。
そして、オグリキャップ。この時代は追加登録という制度がなくなっていて、出走はかないませんでした。
この時、オグリキャップ・ショックという言葉までできた問題となり、強い馬が出走を絶対にできない制度になっているということで後年追加登録制度が正式に確定しました。
この制度ができて、追加登録料を支払ってクラシックに出走し勝利した馬が3頭います。
テイエムオペラオー、ヒシミラクル、キタサンブラックの3頭ですが、実はこの3頭とも、幼駒時代は見向きもされず、仲のいい馬主さんに安価に引き取ってもらってやっとのことでJRAでデビューした馬たちです。
走ってみたら、あれ?とんでもなく走るな?っていうお馬さんたちですね。
ヒシミラクルは忘れられません。
当時、京都競馬場でヒシミラクルの雰囲気が良すぎて締め切り直前まで馬券を買うか迷った挙句、抑えで単勝を勝ったのを忘れません。
話は戻します。
そんなクラシックもオグリキャップ・ショックを経て、そしてサンデーサイレンス産駒がとんでもない活躍をしたことで、外国産馬(マル外。外国で生まれて日本で調教されている競走馬)が脅威ではなくなり、次第に外国産馬にもクラシックを開放していきました。
そういう動きがあってか、日本は世界の競馬でパート1という格になり、今までJRAで行われていたグレード格のレースはすべて国際グレードとなりました。
これにより、クラシックレースも国際グレード格のレースとなり、外国産馬どころか外国馬も参戦できるようになりました。

有馬記念のドラマが面白い

年末最後だから?総決算だから?

オグリキャップは先述のようにラストランで大掛けしました。
もう一頭、最後の最後のやってくれた馬がいます。
トウカイテイオーです。
トウカイテイオーは無敗の三冠馬、皇帝といわれたシンボリルドルフの仔で、結局G1を勝った産駒はトウカイテイオー一頭のみとなりました。
無敗で皐月賞・ダービーと勝って、無敗の三冠馬から無敗の三冠馬の登場間違いなしといわれましたが怪我で菊花賞は出られず、古馬となって大阪杯で華麗に復活するも春はその1勝のみ春の天皇賞の後は骨折が確認され2度目の療養となる。
秋には復活し天皇賞秋に出走するも散々な結果に。ジャパンカップで華麗に復活。なかなか日本調教馬が勝てない時代のジャパンカップでかつあたりは父シンボルルドルフをほうふつとさせました。
そして、有馬記念は惨敗でまた骨折が判明。次は364日の療養生活になりました。
復活は翌年の有馬記念。
菊花賞を勝った翌年三冠馬となるナリタブライアンの兄ビワハヤヒデが圧倒的に強いと予想されていた有馬記念。相手はジャパンカップを勝ったセン馬レガシーワールド。
トウカイテイオーは4番人気だが、さすがに誰しもが勝つとは思っていなかっただろう。
鞍上の田原成貴騎手は当時は口が災いして少し干されているような状態。
天才といわれた田原騎手はいい馬に乗せてもらえない日々が続いていた。
トウカイテイオーが勝った後は人目もはばからず涙を流し、この勝利は僕の力ではない。テイオー自身の力です。と語ったのでした。
そして、このテイオーとの有馬記念の勝利がきっかけとなり天才田原が復活していくのです。そののちマヤノトップガンと出会うのです。。

華麗に逃げた!十字を切った?
マヤノトップガンと田原成貴

その田原成貴騎手は数年後騎手人生の集大成といってもいいほどの競走馬と出会う。
マヤノトップガンだ。
この馬の背中を知る騎手は武豊騎手と田原成貴騎手だけだ。
しかも、武騎手は未勝利戦で勝っているがそれ以降の勝ちはすべて田原騎手のみだ。
4歳(今でいう3歳、クラシックの年齢)の1月にデビューしたマヤノトップガンはデビューが遅いのだが、その通り晩成型とみられていた。
しかも足元が当時はモヤッていたらしくデビューから500万下(今でいう1勝C)を勝つまではダートを走っていた。900万下(今でいう2勝C)から芝を走り始めそのころはもう夏だった。ダービーが終わっていた。
900万下を2戦して勝利、その後は格上挑戦になるが神戸新聞杯・京都新聞杯を2着とし、菊花賞出走の優先権を獲った。
菊花賞を4番手につけて勝利を飾る。
当時は菊花賞を勝った馬はジャパンカップに出走するケースが王道とされ、有馬記念直行するケースの場合は、逃げたとか、有馬を獲りに来たとかいい風には言われていなかったのを記憶している。
マヤノトップガンは菊花賞勝利後すぐに有馬直行を宣言。
これにより、そこまで強くない菊花賞馬などといわれていたと思う。
しかし、私は、有馬記念は絶対トップガンだろうと思っていた。
復活した三冠馬ナリタブライアンや中山芝2500なら距離は持つといわれていた天皇賞馬サクラチトセオーや、アマゾネス最強牝馬といわれたヒシアマゾンなどがいたが、絶対に全部打ち負かすだろうという自信があった。
そしてレース。
レースは私の予想通りマヤノトップガンの勝利で終わるのだが、びっくりだったのが、逃げたことだ。
もともと、行く馬がいないなら逃げると田原騎手が言っていましたがラッパを吹くのがうまいので有名な田原騎手だし、2~3番手くらいだろうと思っていたのですが華麗に逃げた。
しかし、このころから田原騎手はこの馬は本来逃げ馬ではなく後ろから行くほうがいいのだとか言い始め、また何かわけわかんないこと言い始めたぞ、調子乗ってんじゃないのかなんて言われていた。
この有馬記念もドラマチックだった。

全てがドラマチックな有馬記念

今年はどんなドラマだろう?

さあ。こうなってくると2025年だ。
ドラマはどんなドラマなのか。
私は今年のドラマは【年度代表馬】にあると思っています。

有馬記念がないものとした場合、今年の年度代表馬はどの馬になるのか?
を考えてみた。
最高賞金レースのジャパンカップは外国馬が勝っている。
クラシックも勝馬がすべて違う。
そうなってくると、なかなか難しいのだ。
そんな中、今年は日本馬として初の米ブリーダーズカップ・クラシックを勝ったフォーエバーヤングという馬がいることに気づくのだ。
海外レースの勝ち馬は何頭かいるのだが、凱旋門賞に次ぐ格式、いや肩を並べる格式のBCクラシックを勝ったのだ。
歴史的偉業といってもいい。
ただ、すでに投票権のある記者たちも意見が割れていて、今年JRAのレースを走っていない馬に年度代表馬としての権利があるのか?
とか、ダート馬で年度代表馬になった馬は今までいない。では、この馬が初のダート馬としての戴冠でいいのか?などだ。
有馬記念がなければ私は該当馬なしかフォーエバーヤングでいいと思う。
問題は日本で一度も走っていないというところだけだ。もしくは、ジャパンカップを勝った外国馬でもいいかと思う。
そして、有馬記念だ。
有馬記念の結果次第では文句なく年度代表馬になってもいいと思う馬が1頭だけいる。
それは、レガレイアだ。
今年はまだ3戦しかしていないが、宝塚記念は惨敗だが今年の秋はオールカマー勝利からエリザベス女王杯を勝利、そして有馬記念へと駒を進めてきた。
もし、有馬記念を勝つようなら、有馬記念連覇、エリザベス女王杯勝利。今年に限ってもG1を2勝している(有馬を勝てばそうなる)ので、年度代表馬としては十分権利はあると思う。しかも、牝馬ながらにオールカマーと有馬記念を勝つようなら牡馬顔負けの成績だ。
むしろ、レガレイアに票を入れない記者はどこに入れるつもりなのか聞いてみたくなる。
G1複数勝利なら、皐月賞を勝ったミュージアムマイル、天皇賞春を勝っているヘデントール、香港でG1を勝っているタスティエーラもG1複数勝利となるが、ドラマ的にはちょっと弱いかなと。しかし、これらの馬が有馬を勝っても十分年度代表馬の可能性はあるが、レガレイアが一番ストーリー性がある気がするのだ。

知っていますか?
1999年の年度代表馬

これはスペシャルウィークが天皇賞春秋同一年制覇・ジャパンカップのG1を3勝。そしてグラスワンダーがそのスペシャルウィークとの2度の対決で2度ともねじ伏せた宝塚記念・有馬記念の同一年グランプリ制覇をやってのけた年です。
有馬記念でスペシャルウィークが勝っていればおそらく文句なしの年度代表馬だったでしょう。グラスワンダーが勝ったことで、スペシャルウィークは2度の対戦で2度とも負けたことになるので、グラスワンダーこそ年度代表馬にふさわしいといわれてもおかしくない状態になったのです。
そして、結局選ばれたのは…

日本で一走もしなかったエルコンドルパサーが年度代表馬となりました。
グラスワンダーはこの年、何にも選ばれない無冠で終わりました。

今でも語られる、議論になるのが1999年です。
そして、やはり選考委員になる記者たちも1999年を思い出すのか、すでに予防線を張っている方も結構います。
あの時、日本で走っていないエルコンドルパサーを選んでるんだ。しかも凱旋門賞2着で選んだんだ。BCクラシックを勝ったフォーエバーヤングを選ぶこと自身は何の問題もないといっている記者はたくさんいます。
なので、レガレイアが有馬記念を勝ったとしてもなかなか難しいのかもしれませんね。

そんなこんなで・・・

結論!

12月21日の時点ではわかりませんw

ドラマ的には年度代表馬という視点で繰り広げてみましたが少し弱い気がします。
またほかにドラマの筋書きが思いついたら記事を書いてみたいと思います!